祖先からの知恵で環境問題解決を目指す 研究者、写真家・小倉沙央里さん

 今世界中で環境変化や、それにともなう食糧危機、健康被害など数々の問題が取り沙汰されている。自然豊かなバンクーバーに住む私たちにとっても、この地球レベルで起こっている環境問題は他人事ではない。近年、この問題を「伝統知」と呼ばれる祖先からの知恵によって解決しようとする研究者や活動家が増えている。今回インタビューした小倉沙央里(おぐら・さおり)さんもその一人で、長年継承されてきたあわやひえなどの雑穀栽培が、人々や環境問題に与える影響を研究している。本インタビューでは、伝統知がどうやって環境問題を解決していくのか、また自然を守っていくために個人レベルで何ができるのかを考えたい。(取材 パーバッカー真智子/写真提供 小倉沙央里さん) 「伝統知」とは何ですか  「伝統知」とは祖先から受け継がれてきた、自然に対する考え方や関わり方についての伝統的な知恵のことです。これは現在も先住民の人々が持つ知恵であり、彼らは「自然は私たちの親戚のような存在であり、感謝と謙遜を持って受け取るべきもの」という考えを次の世代へ引き継ぎながら、自然を自分のことのように大切にしています。そして人間と自然がともに助け合って生きることでこそ、環境の変化は乗り越えることができ、祖先からの「伝統知」が人類の生存を助けると知っています。 「伝統知」を使っての環境問題解決とはどういうことでしょうか  環境問題は、産業革命以降に「大地は人間の所有物である」として自然から搾取を行ってきたことで引き起こされ、人々は長年自然と共存しながら培ってきた大切な「伝統知」を失いました。しかし失った「伝統知」は学び直すことができます。今一度「伝統知」を学ぶことで、私たちの中に眠っている、環境の変化を乗り越えていく能力や感性を呼び醒ますことが可能なのです。私が研究する昔ながらの雑穀栽培もその「伝統知」の一つです。 雑穀栽培の研究を始めたきっかけは何ですか  2011年にヒマラヤ・シッキムにある先住民ロン族の村を訪れ、そこで生活する人々や自然との関わり方などを追って行く中、彼らの「伝統知」の一つである雑穀栽培に出会い、その雑穀栽培が人々にもたらす意義を研究するようになりました。 研究はどのように行われていますか  研究を始めるきっかけとなったヒマラヤ(インド)に加え、ジンバブエや日本で絵や写真、ドキュメンタリー(映像)といったアートを用いながら、現地の友人たちと共に、農薬を使わない大地に優しい雑穀栽培の普及に励んでいます。 研究からどのようなことがわかっていますか  研究を通し、雑穀が環境問題、特に食糧問題や健康問題解決に貢献したり、昔ながらの雑穀栽培が人間関係に作用し、人々の心に変化を与えることがわかってきました。 どのように食糧問題や健康問題解決に貢献するのでしょうか  もともとヒマラヤ、ジンバブエ、日本では、その地に適した数十種類もの雑穀が育てられていましたが、近代化で換金性や生産性の向上を図った結果、雑穀は一種類の作物のみを育てる「単一作物」に取って代わられました。しかし「単一作物」は洪水や干ばつなどの気候変動や害虫の被害を受けやすく、被害を受けると一種類しかないその作物は全滅してしまうという問題を抱えています。一方雑穀は、気候変動に対して適応能力が高いと考えられ、種類も豊富です。もし数種類が被害を受けても生き残る種類があるため全滅を免れる点、そして長期保存が可能である点で、食糧危機を解決に導きます。加えて雑穀は栄養価が高く、癌や生活習慣病の予防やアレルギー反応の起こりにくい穀物であるとされ、人々の健康維持にも一役買ってくれています。 雑穀栽培が人々に与える影響とは  労力が要り、協力しなければ成りたたないこれらの作業は、村人同士の共感や結束を強めます。また日本では、田舎へ移住した都会育ちの若者たちが自然の中で行う雑穀栽培により、今まで味わえなかった満足感や幸福感を感じながら生活しています。雑穀栽培は人間関係を強固にしたり人々の心を健康にしたりと、昨今の環境問題を乗り越える鍵となる知恵を私たちに伝えているのです。 小倉さんの研究はカナダ以外の場所がベースとなって行われていますが、バンクーバーではどのような活動をされていますか  ヒマラヤ・シッキムでの経験から「伝統知」への知識をさらに深めたいと思い、2016年にジンバブエへ、そして2017年にバンクーバーへやってきました。カナダはファースト・ネーションズの世界観を尊重した研究手法や研究アプローチを行っていたり、ユニークなコースも多いと感じたためです。こちらでは大学院博士課程に在学しながらゲストレクチャーを行ったり、写真展を開いたり、雑穀の栽培イベントを行っています。  またリルワット・ファースト・ネーションの友達のところへお邪魔し、実際の「伝統知」にも触れさせてもらっています。鮭漁や松茸とりに参加したり、ファースト・ネーションと日本人の血を継ぐ高校生、タロンさんが行っている伝統的なピットハウス作りの手伝いもしています。このような交流のおかげでみなさんの世界観や歴史をより深く学ぶことができ、本当に感謝しています。 環境問題に立ち向かうために私たちにできること  小倉さんによると、環境問題解決の第一歩は「自然に感謝し、自然を大切に思うこと」であるという。一人一人がその気持ちを持てば、個人レベルでも自然を守るためにできることが見えてくるのではないだろうか。車の利用をできるだけ控える、キャンプ場では生息する生物たちに影響がないように決められた場所に廃水する、ハイキングでみつけたゴミを拾ってみる、リサイクルできるものを探して再利用する。小さなことからでいい。あなたも自然への感謝を行動に移していってみませんか。 小倉沙央里(おぐら・さおり)学習院大学法学部卒業。アメリカのレズリー大学大学院、カリフォルニア大学バークレー校環境デザイン大学院修士課程修了。ユネスコ本部でのコンサルタントを経て、カナダ、ブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)医学部作業科学作業療法学科、博士課程在学。これまでにインド、ヒマラヤ山脈のシッキムやダージリンの村、ジンバブエなど計26カ国にて主に先住民の人たちのコミュニティに入りながら、また日本の中山間地域でも「環境」と「伝統智」に関連したフィールドワークを継続。写真や絵、動画を使ったアート手法を採りながら参加型研究を行っている。ニコンサロンにて「三木淳賞奨励賞」を受賞。 ブリティッシュ・コロンビア大学での今後の活動予定: 活動の詳細、随時更新されるその他の活動予定については、小倉さんのウェブサイト(http://saoriogura.info/)をご確認ください。