最近、筆者がかかわっている幾つかの物書きグループの原稿に、カナダにおけるMAID(安楽死)に関する記事が目につく。また地方紙のソーシャル欄にも、関連の記事が掲載されることは珍しくない昨今である。
これはMAIDという現象が、それだけ日常化してきているのか、或いは、自然のこととしてまだ受け入れるには人々の思いに抵抗があるということなのか?
保健省の基準
カナダでこのMAIDが合法化されたのは7年前の2016年。当然ながら法律が施行されるまでには長い年月を要したが、その詳細は保健省(Health Canada)のサイトに掲載されている。
そこには、希望する本人の適正基準、州別の対比、男女比や年齢別の比較、施行場所、選択の理由などが記されている。グラフや数字を用いての統計は、誰もが容易に理解でき、2019年以降は前年の経過が載っている。
多分「MAID」と聞いた時、普通誰もがまず考えるのは、どの様な状況の人が該当するのかということであろう。
その法的基準は、「18歳以上でカナダの公的医療サービスを受ける資格があり、的確な判断の出来る精神状態で、死が回避できない重篤な病を持つ人であること」となっている。
もちろん事前に医師からの十分な説明があり、患者が自発的にMAIDを希望しているのが大条件。これらをクリアした場合には、病院や医療施設ばかりではなく、高齢者施設や自宅でも実施することが可能である。
統計を見ると、合法化以来の6年間(2022年分はまだ未報告)に亡くなった人は31664人で、年ごとに数字は大幅に増加している。また州別では上位の一、二番はオンタリオ州とケベック州が年によって拮抗しており、三番目は常にBC州である。
カナダの中で一番気候が温暖なBC州は、リタイア後に極寒の冬を避け、他州からバンクーバーやビクトリアに国内移住するシニアが多いことから、筆者はここがトップではないかと思ったのだがその予想は当たらなかった。
MAIDで逝ったある実例
もし身内や関係者にMAIDの選択をした人がいた時には、程度の差こそあれ、周りの者たちはショックを受ける。自然死でないがために、良くも悪くもそれぞれの心の中にある種のしこりが残るからであろう。残された関係者たちは、心の葛藤を処理するのに時間を要する場合が多い。
だが最近筆者は、日本人移住者の一人からその場に立ち会った体験を聞く機会があり、こうした人々もいるという一つの例を知ったのだ。
それは長い同居後、三、四年前に結婚の手続きをしたカナダ人のゲイカップルの一方の男性(H氏)に起こったことである。二人を結び付けた共通点は、音楽に対する造詣の深さだったが、H氏は大分前に前立腺癌と診断され、症状が重篤になるに従いMAIDの選択をしたようである。
友人が立ち会ったその日は二月中旬で、まだ身を切る寒さの続くある日の午後であった。数人の立会人が待つ中、カップルが共に暮らした自宅に医者と医療関係者が約束の時間に到着した。
そこに至る迄には、すでに本人と医者たちとの間の話し合いは繰り返されていたことだが、改めて横たわる本人の枕元で手順など詳細の説明がなされた。そして最後に医者が「自己決定に異議はないか」と本人に問い「No」の答えが出たところで、注射を打ち立会人たちは退室させられた。
その後はある程度の時間をおいて葬儀屋が現れ、ベッドに横たわる遺体を手際よく布に包み別室に居る立会人たちのそばを通り正面玄関からさっと出て行った。淀みのない見事な連携振りだったと言う。
友人は日本の慣習を思い、遺体に本人が生前好きだった服を着せないのかと質問したところ「どうして?」との返事。この後は焼却してしまうのに無駄と言うわけである。
更に友人が驚愕したのは、葬儀屋が遺体の始末をしている間、立会人たちが隣室でピザを食べながら談笑する姿を見たことだった。彼らの脇を布に包まれた遺体が通り玄関に向かっても、手を合わせて見送ったのは彼女のみであった。
一人の人間の「人生の最終章劇」に幕が下りた翌日からは、ひっきりなしにかかって来る友人たちからの電話に、明るく答える残されたパートナーの姿にも違和感を覚えずにいられなかったと友人は言う。
深読みすれば、そんな振る舞いは長年の二人の生活を思い、悲しみを打ち消す為の偽装だったのかもしれない、とも思える。だがそれは本人以外知る由はない。
今後の動き
カナダも世界の多くの国々が直面している高齢社会が目前に迫っており、2042年までには四人に一人がシニアになると予想されている。
日進月歩の医療技術の発達のお陰で延命が可能な時代とは言え、統計の数字が占めるように、MAIDの選択が今後減少するとは考えにくい。しかし何はともあれ国としてこの法律を合法化するには、いろいろな意味で成熟した社会でなければ成立しないのではないかと思われる。
最近出版された本
ステファニー グリーン博士は、2016年以来、死に際の医療支援の分野で新たな道を切り開いてきました。彼女の画期的な回想録で、グリーン博士は、患者が死の支援を求める理由、そのプロセスがどのように機能するか、その出来事自体がどのように見えるかを明らかにしています。